「AIエージェントはデジタル従業員だ」——そう呼ぶ企業があります。「いや、エージェントは道具であって人ではない」——そう反論する企業もあります。2026年、AIエージェント導入が本格化するなか、この呼び方の違いが組織設計を左右し始めています。一方で、調査機関は新しい捉え方を提唱しています。Forresterは2026年7月、AIエージェントを「認知スキル」として扱うモデルを発表しました[1]。呼び方が組織設計・責任構造・日々の判断を左右するのです。
「デジタル従業員」という呼び方の問題点
責任転嫁とエラー見逃しのリスク
「デジタル従業員」という呼び方が一部で使われています。しかし、この呼び方には責任転嫁とエラー見逃しのリスクがあります。AIを「同僚」として扱うと、人間は無意識に判断をAIに委ねやすくなります[2]。その結果、検証を怠る傾向が生まれる可能性があります。
同僚の仕事を疑わないのと同じように、AIの出力を鵜呑みにしてしまう危険性があります。エラーが発生したときの責任も曖昧になります。「AIがそう言ったから」という言い訳が成立してしまうからです。このように、呼び方が組織構造に悪影響を与える可能性があるのです。
組織設計上の矛盾が生じる
「従業員」と呼ぶと、人事制度との矛盾が生じます。人事評価の対象になるのでしょうか。業務フロー上の承認者として扱えるのでしょうか。アカウント権限はどう設定するのでしょうか。これらの問いに対する答えは明確ではありません。
さらに、権限設計の曖昧さも問題です。AIに意思決定権限を与えるのか。誰が最終責任を負うのか。責任の所在が曖昧になりやすい構造があります。AIが誤った判断をした場合、誰が責任を取るのかが不明確になるためです。こうした矛盾は、「従業員」という呼び方が生む構造的な問題なのです。
Forresterの「認知スキル」という新しい捉え方
能力の原子単位として扱う
Forresterは2026年7月、AIエージェントを「デジタル従業員」でなく「認知スキル」として扱う新しいモデルを提唱しました[1]。核心の洞察は明快です。人間のスキルとAIのスキルは、最終的に同じ認知作業を記述するというものです[1]。
例えば、契約書レビューは「条項抽出」「リスク判定」「修正案提示」という認知スキルの組み合わせです。各スキルを人間/AI/ハイブリッドで役割配分します。実行者(人間か、AIか、その両方か)は「実装の選択」であり、仕事そのものの定義特性ではないのです[1]。この考え方を実行者非依存(executor-agnostic)と呼びます。
HR部門とIT部門の統合が鍵
現状では、HR部門は人間のスキル分類を管理し、IT部門はAIエージェントのカタログを別途管理しています。両方が同じ認知作業を異なる語彙・システム・ガバナンスで記述しているのです[1]。この分断が、組織設計を複雑にしています。
Forresterが提唱する「Cognitive Operating Model」は、人間-エージェント-物理的資産全体にわたる認知能力の設計、配分、ガバナンス、進化のための統一的な運用フレームワークです[1]。つまり、HR部門とIT部門が共通の能力基盤で管理できるようになります。労働力計画とAI投資が共通のスキルインベントリに収束するのです。
「認知スキル」と捉え直すメリット
責任構造が明確になる
「認知スキル」として扱うと、責任構造が明確になります。スキルの定義と実行者を分離することで、責任の所在がはっきりするからです。「この契約書レビューはAIに任せる」「このリスク判定は人間が最終確認」とスキル単位で設計できます。
従来の「AIに意思決定権限を与えるのか?」という二者択一の問いは消えます。代わりに、「どのスキルをどの実行者に割り当てるか」という動的な役割配分の設計になります。スキルの定義者・承認者・実行者・検証者を明確化できるのです。
柔軟な役割配分と評価制度の整合性
状況に応じて人間→AI、AI→人間の切り替えが自然にできます。作業が動的に構成可能になり、オーケストレーション層が熟練度・可用性・コスト・ポリシーに基づいてスキルを人間/AI/両方に割り当てられます[1]。この柔軟性が、AI時代の組織設計の鍵です。
また、人事評価との整合性も保たれます。AIは評価対象ではなく、人間がスキルをどう使ったかを評価します。「従業員」と呼びつつ評価制度に組み込めないという矛盾が消えるのです。ガバナンスも統合され、共通のスキルレジストリ、行動契約、ポリシーで管理できます[1]。
主要ベンダー・調査機関の立場
「デジタル従業員」とは呼ばない傾向
少なくともMicrosoft、UiPath、Workday、Accentureの公開情報を見る限り、「デジタル従業員」という用語ではなく、補助・協働・実行主体として表現する傾向が見られます。Microsoftは「AI assistant」「AI companion」と呼び、人間の能力を増幅させる補助的存在として表現しています[3]。UiPathは「agents think, robots do, people lead」というビジョンを掲げ、役割を明確に区別しています[4]。Workdayは「AI agents that can actually act instead of just assist」と説明し、機能的・技術的な「エージェント」として位置づけています[5]。
Accentureは「Co-intelligence」という概念を提唱し、人間とAIが協働して成長を促進する関係性を強調しています[6]。AIを「従業員」でも「ツール」でもなく、人間の知性と協働する存在として位置づけているのです。
認識と実態のギャップ
Forresterの調査によれば、欧州B2Bマーケティング意思決定者の66%が「AIはマーケティング従業員の代替ではない」と回答しました[7]。しかし、同じ調査で46%が「所属組織で既に人員削減またはAIによる従業員の置き換えが発生」と回答しています[7]。「代替ではない」と信じつつ、実際には雇用削減が発生しているのです。
この認識と実態のギャップは、呼び方が組織の判断を左右していることを示唆しています。AI導入は「job replacement(仕事の置き換え)」でなく「job redesign(仕事の再設計)」であるべきだと指摘されています[7]。呼び方を変えることも、再設計の視点を持つ一助となります。
さいごに
AIエージェントを何と呼ぶかは、哲学的な議論ではありません。その呼び方が、権限設計・利用ルール・責任分担という実務判断を左右します。「従業員」と呼べば人事制度の矛盾に直面し、検証を怠る責任転嫁リスクも生じます。一方で、「認知スキル」と捉え直せば、責任構造が明確になり、柔軟な役割配分が可能になります。
Forresterが提唱する「認知スキル」モデルは、HR部門とIT部門を共通の能力基盤で統合します。労働力計画とAI投資が同じスキルインベントリに収束し、動的な役割配分が実現します。欧州マーケターの調査が示すように、「代替ではない」と信じつつ雇用削減が進むギャップを埋めるには、呼び方から見直すことが有効です。
概念の整理が、AI時代の組織設計の出発点です。AIエージェントを「何と呼ぶか」を組織で議論し、権限設計・責任構造・評価制度を整合させることが、AI導入を成功させる鍵となります。
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出典
- [1] The Agentic Age Needs A Cognitive Operating Model – Forrester
- [2] Exploring automation bias in human–AI collaboration: a review and implications for explainable AI – AI & Society
- [3] Microsoft Copilot – Microsoft
- [4] Agentic Automation – UiPath
- [5] AI Agents at Workday – Workday
- [6] The age of co-intelligence – Accenture
- [7] European Marketers Say AI Won’t Replace Employees, But The Reality Is More Complicated – Forrester


